2007年にフォンダパリヌクスがわが国で認可されて以来,術後深部静脈血栓症予防の重要性は増してきている.現在は抗凝固薬も多様化してきており,今後もその治療体系はますます複雑化していくことが予想される.本稿では,本邦初の完全化学合成によるXa阻害薬であるフォンダパリヌクスに関して,その特徴や他の薬剤との違いに関して概説する.


緒 言

 深部静脈血栓症(DVT)は肺血栓塞栓症(PTE)につながり,突発的かつ致死的な合併症を引き起こすことから,近年ではその予防が世界的に重要視されている.わが国においても,2007年6月にフォンダパリヌクス(アリクストラ®)が発売となって以来,現在までにいくつかの抗凝固薬が発売され,徐々に医療現場に浸透してきた.選択的Xa阻害薬は,トロンビンを直接阻害するよりもXa因子を標的としたほうが抗凝固効果の効率が良く,出血の副作用のリスクが少ないという予想を理論的根拠にしており,現在ではフォンダパリヌクスのほかにも,Xaを選択的に阻害する効果をもつ薬剤が販売されている.抗凝固薬に関して薬剤選択の幅が広がった一方,その使用に際しては,以前より多くの知識が必要とされるようになった.本稿では,本邦初の完全化学合成によるXa阻害薬であるフォンダパリヌクスに関して,その特徴や他の薬剤との違いに関して概説する.



1 適応

 わが国では,日本循環器学会をはじめとする9学会の合同研究班報告として,「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2009年改訂版)」1)が発表されている.同ガイドラインでは,急性PTE,慢性PTE,DVTの診断,治療の要点とともに,検査法・治療法の適応に関する推奨基準が明記されている.薬剤による抗凝固療法は,高リスクおよび最高リスクに対する予防法として推奨されているが,薬剤の選択に関する推奨や提案はなされていない.一方,American College of Chest Physicians(ACCP)からも,2012年2月にエビデンスに基づいた臨床ガイドラインとして,「第9版ACCPガイドライン」が発刊された2).同ガイドラインでは,整形外科領域における静脈血栓塞栓症(VTE)予防薬として新規の経口Xa阻害薬やダビガトランが推奨されている(2012年現在,わが国ではダビガトランはVTE予防薬としての適応がない).整形外科領域においては,人工関節置換術・股関節骨折手術においてフォンダパリヌクスは低分子量ヘパリン同様推奨されているが,フォンダパリヌクスよりも低分子量ヘパリンを提案するという記載がされている.また,治療に関しては,急性肺塞栓症(PE)・DVTの患者に対して低用量未分画ヘパリンの静脈注射または皮下注射よりも,フォンダパリヌクスによる治療が提案されている.

 わが国での適応症として,フォンダパリヌクスは人工関節置換術・股関節骨折手術以外の下肢整形外科手術に対しても適応がある(表1).



他のXa阻害薬には人工関節置換術・股関節骨折手術以外の下肢整形外科手術に対する適応がないため,2012年現在,深部静脈血栓症のリスクのある下肢手術の静脈血栓予防には,保険適応上,フォンダパリヌクスのみが使用可能である.



2 治療の実際

 フォンダパリヌクスは,成人に対しては通常2.5mgを1日1回皮下投与する.初回投与は手術後24時間以上経過したのち,手術創部などからの出血がないことを確認して使用する.2回目以降は1日1回一定時刻の投与が望ましいが,投与時間を変更する際には,少なくとも12時間以上の間隔をあけて投与する.また,フォンダパリヌクスは手術後24時間の待機期間が必要であるため,術後24時間以内に抗凝固療法を開始する場合は,理学療法もしくはヘパリンの投与を検討する必要がある.

 硬膜外カテーテル抜去あるいは腰椎穿刺から少なくとも2時間を経過してから投与するよう添付文書に記載されている.投与後に硬膜外カテーテル抜去あるいは腰椎穿刺を行う場合には,十分な時間をあけるよう指示されているが,具体的な時間は記載されていない.半減期が17時間であることを考慮すると,フォンダパリヌクス最終投与からは,少なくとも20時間程度の間隔をあけたほうがよい.

 2012年現在,国内で使用可能なおもな抗凝固薬を表2に示す.



現在,低用量未分画ヘパリン,低分子量ヘパリン,Xa阻害薬,ビタミンK阻害薬(ワルファリン)がVTEの治療および予防に使用可能である.低用量未分画ヘパリン・ワルファリンは安価で長年の使用実績があるが,日本人に対して静脈血栓症の予防に有用であったとするエビデンスがなく,低用量未分画ヘパリンは活性化部分トランボプラスチン時間(APTT),ワルファリンはプロトロンビン時間(PT-INR)のモニタリングが必要である.一方,選択的Xa阻害薬は,抗血栓効果と出血助長の用量とが乖離しているため,いずれもモニタリングによる用量調整が必要ないとされている.しかし実際には,抗Xa活性には個体差が存在しており3),また投薬中に腎機能の悪化をきたす可能性も考えられる.Xa阻害活性が計測可能なキットも海外ではいくつか市販されているが4),わが国においてはいまだに浸透してはいない.とくにフォンダパリヌクスは他の薬剤と比べて半減期が長く,出血の副作用に対する中和薬剤がない.さらにはXa活性のモニタリングは通常できないので,投薬中は出血などの副作用に関しては十分な注意が必要である.フォンダパリヌクスは腎排泄であるため,腎障害を有する患者では血中濃度が上昇し,出血のリスクが高まる可能性がある.腎機能障害における禁忌の基準は各薬剤により異なっており,添付文書上,他の薬剤が30mL/分未満であるのに対して,フォンダパリヌクスはクレアチニンクリアランスが20mL/分未満から禁忌となっている(表1,3).





しかし,いずれの薬剤も腎臓を介して排出されるため,どの薬剤においても,腎機能の悪い症例で薬剤血中濃度が増大する恐れがあることに変わりはない.



3 成 績

 「第9版ACCPガイドライン」によると,フォンダパリヌクスは低分子量ヘパリンと比較し,患者にとって重大なVTE(症候性DVTや非致死性PE)を減少させずに,出血イベントのリスクを増大させる恐れがあると結論づけている2).しかし,「第9版ACCPガイドライン」は患者にとって重要な結果(Patient Important outcomes)に基づいた推奨・提案がなされているため,非症候性DVTの発症頻度がフォンダパリヌクスにより有意に抑制されていたことは加味されていない.海外での過去の報告5)-7)や,わが国での臨床成績8)においては,フォンダパリヌクスはVTE発症頻度を下げるという報告もあるため,実際の使用に際しては,これらの現状を把握すべきである.他の選択的Xa阻害薬との比較に関しても数多くの報告がなされており,今後も新規開発される薬剤の導入とともに,その治療体系はますます複雑化していくものと推察される.多種抗凝固薬に関する大規模研究やメタアナリシスなどによる報告に,今後も注意を払う必要があるであろう.



4 長所と短所

 フォンダパリヌクスは,ヘパリン糖鎖の抗凝固最小単位であるペンタサッカライドの完全化学合成剤であり,アンチトロンビンに特異的に結合し,Xa因子を阻害することで抗凝固効果を発揮する9).完全化学合成により得られた化合物であるため,低用量未分画ヘパリンや低分子量ヘパリンとは異なり,未知の病原体や蛋白などが混入する潜在的な生物学的汚染の危険を排除できることは長所の1つである.また,フォンダパリヌクスは血栓形成予防に用いる範囲の血漿中濃度では,ほぼ完全にアンチトロンビン(AT)と結合するため,他の蛋白や細胞に親和性を示さない.つまり,血小板の機能や凝集に影響を及ぼすことがなく,ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia;HIT)を引き起こす抗原を形成しないことも大きなメリットである.

 また適応症として,人工関節置換術・股関節骨折手術以外の下肢整形外科手術に対しても適応がある.そのため,人工関節置換術・股関節骨折手術以外でDVTのリスクのある手術(骨盤骨切り術や大腿骨・脛骨骨切り術)に対して使用することが可能である.

 一方,フォンダパリヌクスには抗凝固作用を中和する薬剤がない.半減期が約17時間であるため,1日1回投与と簡便である反面,投与中に出血傾向などの重大な副作用が発生した場合や,誤って過量投与してしまった場合などは,投与を中止し,第Ⅶ因子(ノボセブン®)投与や,輸血を行わざるを得ないことが欠点である.

 わが国において,2011年に経口Xa阻害薬が認可され,国内で使用可能となった.経口Xa阻害薬の導入は,注射製剤と比べ非侵襲的でコンプライアンスの向上が見込めるが,術後,経口摂取が困難な症例や,飲み忘れ・飲み過ぎのリスクのある患者などに対しては,注射製剤はいまだ価値のあるものと考えられる.



結 語

 選択的Xa阻害薬は血栓予防に有用な抗凝固薬であるが,使用に際してはそれぞれの薬剤の長所・短所をよく理解して予防に臨むことが重要である.とくに人工関節置換術後は,クリティカルパスの導入などにより画一的な予防法を選択する傾向にあるが,薬剤ごとの特徴をよく理解し,症例によって最も有用な薬剤を使い分ける姿勢も必要と考えられる.


References

1)日本循環器学会 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008年度合同研究会報告).肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2009年改訂版).

2)Falck-Ytter, Y., Francis, C. W., Johanson, N. A. et al.:Prevention of VTE in orthopedic surgery patients:Antithrombotic Therapy and Prevention of Thrombosis, 9th ed:American College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice Guidelines. Chest 141(2 Suppl):e278S-e325S, 2012

3)小野寺智洋,眞島任史,笠原靖彦ほか:Xa阻害活性測定による合成Xa阻害剤モニタリングの試み.東日本整災会誌 23:258,2011

4)Ignjatovic, V., Summerhayes, R., Gan, A. et al.:Monitoring Unfractionated Heparin(UFH) therapy:which Anti-Factor Xa assay is appropriate? Thromb. Res. 120:347-351, 2007

5)Hull, R., Raskob, G., Pineo, G. et al.:A comparison of subcutaneous low-molecular-weight heparin with warfarin sodium for prophylaxis against deep-vein thrombosis after hip or knee implantation. N. Engl. J. Med. 329:1370-1376, 1993

6)Leyvraz, P. F., Richard, J., Bachmann, F. et al.:Adjusted versus fixed-dose subcutaneous heparin in the prevention of deep-vein thrombosis after total hip replacement. N. Engl. J. Med. 309:954-958, 1983

7)Turpie, A. G., Bauer, K. A., Eriksson, B. I., Lassen, M. R.:Fondaparinux vs enoxaparin for the prevention of venous thromboembolism in major orthopedic surgery:a meta-analysis of 4 randomized double-blind studies. Arch. Intern. Med. 162:1833-1840, 2002

8)冨士武史,藤田 悟, 股関節骨折手術施行後の静脈血栓塞栓症の予防に対するfondaparinuxsodiumの有用性評価委員会:股関節骨折手術施行後の静脈血栓塞栓症の予防に対するfondaparinux sodiumの有用性.骨折 30:206,2008

9)Bauer, K. A., Hawkins, D. W., Peters, P. C. et al.:Fondaparinux, a synthetic pentasaccharide:the first in a new class of antithrombotic agents-the selective factor Xa inhibitors. Cardiovasc. Drug Rev. 20:37-52, 2002



北海道大学大学院医学研究科整形外科学講座

小野寺智洋 Onodera Tomohiro



北海道大学大学院医学研究科人工関節・再生医学講座教授

眞島任史 Majima Tokifumi



総論/齋藤知行

DEBATE 1 理学予防単独/松原正明 ほか

・DEBATE 2 フォンダパリヌクス/小野寺智洋 ほか

DEBATE 3 エノキサパリン/高平尚伸

DEBATE 4 アスピリン/清水耕

コメント/齋藤知行